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“Uber vs. Taxi: A Driver’s Eye View” Angrist教授の講演を聞いて

By moriwaki

参加報告

AILabの森脇です。今回はMITのAngrist教授が、3日間の講義の最後に行った自著論文のプレゼンについて報告します。この論文でAngristらは、Uber社とのコラボレーションによってマクロ/労働経済学の古典的な問題にチャレンジしています。会場には講義の受講生をはじめとした学生に加え、錚々たる経済学者が出席していましたが、Angristの熱のこもったトークに皆引き込まれていました。

改めていうまでもないですが、アメリカではUber社に代表されるライドシェアサービスが広く普及しており、Angristらによるとボストンだけで2万人のUberドライバーがいるそうです。これはボストンのタクシー台数の10倍以上となっています。

ボストンでタクシー運転手になるためには、メダリオンと言われるライセンスを購入するか借りる必要があり、その費用は固定コストとして売上から控除されます。それに対してUberを利用すれば、固定コストはかかりませんが、Uber社に売上の20~25%を支払うことになります。これをUberフィーと言います。

理論的に考えると、たくさん運転したい人は固定コストを払って売上を全部回収したいと思うし、本業の合間にタクシーで稼ぎたい人は固定コストがかからないUberを使いたいと思うでしょう。実際、Angristらの分析でも、長く運転する人ほどタクシー方式を好むという結果が出ています。

さて、AngristらはUber社と組んで、Earnings Acceleratorという販促キャンペーンを打つことで、Uberドライバーの行動モデルを推定することにしました。これは、一時的にUberフィーを低くすることでUberドライバーの労働時間あたり賃金(賃金率)を高めるキャンペーンです。賃金率が1%上昇するときに労働時間がどれくらい増加するか(減少するか)をFrisch弾力性といってマクロや労働経済学で盛んに議論されていますが、実験によってこれを観察することができるわけです。

賃金や労働時間のデータなら世の中にいくらでもあるではないかという疑問があるかと思いますが、実際には正確に一人一人の労働者の時間あたり賃金と労働時間を入手するのは大変難しく、さらにその賃金率を研究者がコントロールできることはほとんどないといっていいでしょう。こうした実験が簡単にできるのもUberのようなサービスが出現した恩恵といえます。

さて、前置きはこれくらいにして、論文の結果を少しだけ解説します。AngristらはEarning Acceleratorをランダムに選択したドライバーにオファーし、その行動を分析することで、Frisch弾力性を1.2程度と推定しました。これは、10%の賃金率上昇に対して12%労働時間が増加するということを意味します。

この推定にあたってAngristらは2SLS(二段階最小二乗法)という手法を用いることで、推定のバイアスを避けています。\(Y_{it}\)を労働時間、\(D_{it}\)を賃金の変化、\(X\)をその他の変数、\(\eta\)を誤差項として、

$$Y_{it} = \alpha D_{it} + \beta X_{it} + \eta_{it}$$

というモデルを書いたときに、賃金変化\(D\)が外生的であれば問題はないのですが、キャンペーンに参加するかどうかはUberドライバーの判断によるため、キャンペーンへの参加と労働時間の変化という2つの意思決定に影響する別の見えない要因が存在すると\(\alpha\)がうまく推定できないことがわかっています。

そこで、Earinings Acceleratorキャンペーンに選ばれたかどうかというドライバーの意思決定と関係のない変数\(Z\)の助けを借りてこのモデルを推計することで真の\(\alpha\)に近い推定値を得ることができるのです。これは、賃金率が研究者によってコントロールされた環境でこそできることです。

論文は、Frisch弾力性の推定値を報告するとともに、Uberドライバーにオプションとしてタクシー方式の賃金体系を提供することで、タクシーとライドシェアサービスに対するドライバーの態度を分析しています。

この結果、Uberドライバーには多少有利な条件でもタクシー方式を避けるLease Aversionが存在する指摘しています。つまり、Uberドライバーは固定費用を払って売上を自分のものにするタクシー方式を好まないというのです。これは、行動経済学における損失回避行動として解釈できるとしています。事前に固定費を払うのは身軽さを好むUberドライバーにとって心理的に負担なのかもしれません。

論文自体も非常に面白いのですが、それ以上に、実験にあたっての準備や苦労が垣間見える話が面白かったです。例えば、Uberドライバーがキャンペーンの内容を理解せずオファーを無視してしまう可能性を考え、キャンペーンによってどのように収益が変化するかを示したシミュレーションを用意してメールやテキストメッセージ、アプリに配信し、Uberドライバーに理解を促したそうです(ドライバーの許可がないと分析にデータが使えないため、これはクリティカルな問題です)。また、オファーの条件は1週目より2週目の方がUberドライバーにとって渋い内容になっているのですが、これは予算の制約が背景にあるそうです。個人的にはUber社内でこのプロジェクトがどのように議論され、承諾されたのか気になります。

Angrist教授はこの異色のコラボレーションが面白かったようで、終始楽しそうに実験の過程を語っていました。

以上簡単になりましたが、概略を説明させていただきました。気になる方はぜひ本文を御覧ください。70ページ以上の論文を読む時間がない方は、VoxEUに著者による解説が短くまとまっているのでご参照ください。